皇妃エリザベートと落日のオーストリア=ハンガリー帝国(後編) みゅう中欧 ブログ記事ページ

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    皇妃エリザベートと落日のオーストリア=ハンガリー帝国(後編)


    2021-09-02

  • 前編では皇妃エリザベートの略歴と、オーストリアを取り巻く状況を説明しました。西欧列強が急速な近代化やプロイセンのドイツ統一が進む一方で、近代化に遅れたオーストリアが徐々に劣勢になり、内政においても多民族多言語国家の問題に苦心しています。そんな当時の状況をドラマチックに表したミュージカルがあります。

    皇妃エリザベートと落日のオーストリア=ハンガリー帝国(前編)

    ミュージカル「エリザベート」

    皇妃エリザベート前編でも解説したとおりエリザベートが生まれた1837年当時、オーストリアにはメッテルニヒと先代皇帝フェルディナント1世がいましたが、エリザベートが結婚した1854年にはフランツ・ヨーゼフ1世が皇帝となり、1867年には「オーストリア帝国」は「オーストリア=ハンガリー二重帝国」へと変遷を辿ります。衰退するオーストリアとは裏腹に厳格なウィーンの宮廷生活は変わらず、時代に翻弄される女性を描いたミュージカルが「エリザベート」なのです。

    ミュージカル「エリザベート」は自由を愛するエリザベートが帝国という古い時代の終焉という運命に巻き込まれ、トートというドイツ語で「死」を表す概念を擬人化したキャラクターに死へと誘われる歴史の転換点を描いた壮大なストーリーです。これは激動の19世紀のドイツ、オーストリア、ハンガリーなどを舞台に自由を渇望するエリザベート、過去の伝統に生きるあまり衰退へと向かうハプスブルグ家、「死」という逆説的な自由に誘うトートなどが様々に交差するドイツ語ミュージカルの傑作と言えます。日本でも宝塚歌劇団と東宝株式会社がこのミュージカルの日本語版を公演し、大人気のミュージカルとして親しまれています。

    第3回ヨーロッパ物語:「ハプスブルグ家の足跡~後編」

    ミュージカル「エリザベート」では、彼女は自分の美貌を武器にゾフィー太后やフランツ・ヨーゼフ1世皇帝と戦う、時に強く、時に脆く儚い女性として表現されています。しかし実際のエリザベートとはいかなる人物だったのでしょうか?彼女は誰と出会い、どこで人生を過ごしたのでしょうか?彼女はなぜオーストリアと難しい関係にあるハンガリーを好きになり、どのように亡くなったのでしょうか?

    そこでみゅうショップではハプスブルグ家の足跡・後編と題して悲劇の皇女エリザベートをテーマに3都市生中継によるオンラインツアーを行います!ドイツ、オーストリア、ハンガリーというシシィの人生を語るうえで外せない3つの国からそれぞれの視点を通してエリザベートを語ってもらいます。

    ドイツからはガイドがスライドを使用してエリザベートの生まれ育った場所バイエルンとの繋がりをご紹介します。またハンガリーからはブダペストより生中継します。19世紀当時発展するブダペストと、オーストリア内で地位を高めていくハンガリー人との関係を国家公認ガイドが解説していきます。そして最後にオーストリアからはウィーンより生中継します。エリザベートとハプスブルク家を語るうえで外すことのできないウィーンの旧王宮からハプスブルグ家とエリザベートの関係を国家公認ガイドが余すところなくお伝えします。

    詳細は下記の画像リンクよりご確認ください。ドイツ・ハンガリー・オーストリアより皆様のご参加をお待ちしています。


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