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    [みゅう]パリ 美術コラム 『モナリザ』レオナルド・ダ・ビンチ


    2017-09-11

  • 世界で最も有名な絵画、『モナリザ』。この絵を所蔵するルーブル美術館の『モナリザ』展示室は、常に鑑賞者が列を作る最も混雑するポイントです。

    ただ、『モナリザ』って有名だけど、何がそんなにすごいわけ?この疑問に答えるのは簡単なことではありません。簡単に答えられないから、すごい絵なのだと逆説に言うことはできるかもしれませんが…

    さて、よく知られている絵だからと言って、その絵を必ずしもよく見ているとは限りません。「モナリザは立っているか、座っているか」、と聞かれて皆さんすぐに答えられるでしょうか。よく見るとモナリザは、座っています。まずは絵をじっくり見てみましょう。

    ●叙述

    絵画の中央に女性が描かれています。この女性が「モナリザ」、日本語に直せば、「リザ夫人」です。

    この肖像画を当時すでに高名な芸術家だったダビンチに頼んだのは、彼女の夫である裕福な商人フランチェスコ・デル・ジョコンドです。彼女が2人目の男の子を妊娠した記念に注文しました。

    顔はほぼ正面。体は斜めになっています。両手は、軽く重ねられていて、左手はひじ掛けに置かれています。ひじ掛けがあるということから、彼女は肘掛椅子に座っているのだとわかります。

    肘掛けは画面と平行になっていて、そこに座っているということは、モナリザは画面に対して真横に座っていることになります。彼女は不自然なほどまでに体をひねっているのです。

    では、彼女は「どこ」に座っているのでしょうか。彼女の背後、ちょうど肘の高さの場所に、低い壁のようなものが見えます。

    その壁の端には、丸っこいものの一部分が見えています。これは、柱の土台の一部です。

    同時代の画家、当時まだ21歳だったラファエロはダビンチの作品を研究するために、モナリザのスケッチを行っています。そのデッサンには、はっきりと柱が両端に描きこまれています。

    ラファエロ作 『モナリザ』のデッサン

    彼女はロッジア、いわゆるバルコニーに椅子を出して座っているのです。

    そして、彼女の背景には風景が広がります。

    岩山が連なる非常に険しい風景です。彼女の左側には、道が続き、その後湖に出ます。彼女の右側の風景は、川が流れ、橋が途中でかかっていて、また湖に出ます。橋を除いて、岩、水、土という非文明的な険しい風景が広がっています。

    ●革新的な技法

    なぜこの絵はこれほどまでに有名なのでしょうか。

    レオナルドがこのモナリザを描いたとき、当時の画家たちが全くやっていなかったことをやりました。それが次の3つです。

    1)世界で初めての微笑んだ肖像画 

    肖像画のモデルを微笑ませる。これを最初にやったのがレオナルドの『モナリザ』です。それ以前の肖像画のモデルは、無表情かしかめ面でした。

    2)けむりのようなという名前が付いた技法「スフマート」

    モナリザの輪郭はぼやけています。それぞれの境界線はくっきりとひかれていません。すべてに、ぼんやりとぼかしがかかっているようです。モデルと風景は霧の中にいるようです。レオナルドが発明した技法にスフマートといわれる技法があります。ほぼ透明になるまで薄めた絵の具を何層にも塗り重ねることで、透明感のある絵肌に限りなく細かいグラデーションを生み出すことができます。

    輪郭を限りなくぼかし、グラデーションにした理由は、「リアル」を表現しようとしたからです。現実では、物事を完全に見ることはできません。距離を置いて対象を見た時はなおさら細部は見えません。私たちの意識が向かっていない細部は、ぼやけて見えるものです。さらに、対象が生きており、常に動いていれば、一層細部は見えません。それが現実だとすれば、絵画の中のモデルの輪郭を限りなくぼやかすことで、リアルに近づくとレオナルドは考えました。

    3)空気遠近法

    ルネサンス以降、現実をいかに絵画に描くか、つまり、平面の中にいかに奥行きを表現するかという探求は、遠近法を生み出しました。レオナルドはその遠近法に、さらに「リアル」を付け加えました。手前のものは大きく見える、遠くのものは小さく見えるというのが遠近法だとすれば、レオナルドが考えた空気遠近法は「人間の目には、風景は遠くに行くほど青く見える」、というものです。手前の風景を赤茶色にして、遠くに行けば行くほど青くなっているのはそのためです。

    風景は、青への緩やかなグラデーションとして描かれています。

    『モナリザ』はこれら新技術を駆使して描かれた画期的な肖像画として美術史に名を残しています。この作品は当時の人々に絶賛されました。

     

    ●『モナリザ』の魅力

    ただし、『モナリザ』がここまで世界中の人々を惹きつけるのは、単に当時の新技術を駆使したからだけではなく、より深い何かをその絵の中に鑑賞者一人ひとりが感じ取るからです。『モナリザ』は鑑賞者に何か「問い」を投げかけ、考察を強いるのです。

    私たちに何かしらの考察を強いるのは、『モナリザ』自身がレオナルドの「考察」だからかもしれません。『モナリザ』が一つの考察だと言えるのは、その絵画が謎に包まれているからです。どんな謎?まずは謎の正体を突き止めましょう。

    ●謎の微笑の起源

    「『モナリザ』の微笑はミステリアスだ」といわれることがあります。しかし、この表現は、美術史でのある誤謬が原因であることが分かっています。

    19世紀のこと。ウフィツィ美術館所蔵の『メデューサ(髪の毛が蛇で目が合うと石になるといわれているギリシャ神話の怪物)の顔』が、レオナルドの作品と間違って認識されたことがありました。実際には17世紀のフランドルで作成された作品だとわかったそうですが、その誤謬より、「『メデューサの顔』と『モナリザ』は対の作品だ」と考えられ、その瞬間からモナリザの微笑は「謎」になりました。モナリザの微笑の背後には、あの恐ろしい怪物がいるのだと。なんてミステリアスな微笑なのだろうと。

    美術史の誤認は正されましたが、「ミステリアスな微笑」という表現だけは残ってしまいました。

     

    ●モナリザの微笑そのものは謎ではない

    しかしモナリザが微笑んでいるのは、まったく謎ではく、むしろ当然です。跡継ぎとなる2人目を妊娠していること。夫は当時最も高名な芸術家に肖像画を頼むほど、自分のことを愛していること。この肖像画が完成したら、フレンツェにもう一つ新居を建てる計画もあること。20代前半のリザ夫人は幸せの絶頂におり、微笑まないことの方が難しい状況だったに違いありません。

     

    ●モナリザの本当の謎

    それにもかかわらず、この絵は謎なのです。謎は、絵の中にあります。

    ひとつは、彼女不自然なほどに体をひねっていることです。肘掛椅子に座りながら、背もたれが描かれていないことも奇妙です。これは、この絵には何かあるなと思わせるきっかけになります。

    さらに奇妙なのは、モデルが眉と髪の毛を抜いていることです。

    これは、当時、娼婦のやることでした。この絵画は、結局注文主の手に渡ることはありませんでした。レオナルドは『モナリザ』を自分のために仕上げたのです。ただ、もし注文主の手にわたっていたとしても、注文主のジェコンド氏はその絵を気に入らなかったに違いありません。最も美しい自分の妻の姿を残そうとしたにもかかわらず、仕上がった肖像画は娼婦のような姿をしている。「これではお金は出せませんよ」、と言われてもしょうがないですね。

    そして、最大の謎が背景です。

    『モナリザ』の背景には、幸せの絶頂にいる女性にはふさわしくない風景が描かれています。

     

    もっと別の背景を描くこともできました。例えば、一面草原で、花が咲いていて、羊がのどかに草をたべていて、遠くには教会が見える。そんなのどかな風景だったらもっと説得力があったでしょう。同時代のラファエロだったら、人受けする背景を描いていたに違いありません。彼の描いた聖母子には実際にそのような背景が描かれています。

     

    ルーブル所蔵のラファエロ「美しき女庭師」1507

     

    なぜ優雅な微笑と非人間的な厳格な自然をあえて対比させたのでしょうか。

    さらに見ていくと、モナリザの背景は非常に奇妙に構成されています。左右の風景、どちらにも水辺がありますが、水平線の高さが違うのです!

    右の風景は、高い位置に岩山があり、その下には湖が平らに横に広がっていて、水面は鏡のようになっています。

    この風景は、見上げた時の風景です。視点は下にあるため水平線が高く設定されています。

    一方左の風景の風景はより低く見えます。こちらにも湖が広がっていますが、鑑賞者の視点は高く設定されているため、湖は下方に大きく広がっています。

    このように、視点が違う二つの風景が背景にあり、その二つの異なる風景にモナリザがいます。

     

    ●モナリザを隔てて2つの別世界が広がっている

    謎を整理すると:

    幸せの絶頂の美しき、若い女性は、娼婦の様相で描かれ、

    非人間的な背景が結びつけられ、

    背景の右と左は別の世界に見える。

    これほどまでに、謎を含めている。

    さて、どう解釈するか。

    美術史家のダニエル・アラスは、これは「時間」のメタファーであり「美ははかない。美しさの続くのはたった一瞬」であることが表現されているといいます。

    モナリザの左右の世界が違うのであれば、それを二つの異なる世界と考えてみたらどうでしょう。例えば、過去の世界と未来の世界と。

    かつて、今ほど美しくなかった時(険しい左側の風景)は、一瞬の美しいモナリザを経て、もはや美しくない時(同じく険しい右側の風景)に行く。美など一瞬のものに過ぎないのだという残酷なまでの現実が描かれているのではないか。

    刻一刻ととめどなく時間は流れ続けるということから、とめどなく水が流れる川もまた時間のメタファーでもあります。常に水が流れる川の上にかかる橋。これは、常に流れる時間の中に身を置くモナリザ=人間のメタファーでもあるのです。

     

    『モナリザ』が傑作と言われ、今でも世界中の人々を魅了しつづけるのは、それが肖像画にかかわらず、時間の深い洞察を含むものであるからかもしれません。

     

     題名 モナリザ (作者51歳の時)

    年号/素材 1503-1508 木版に油彩

    作者/レオナルド・ダ・ビンチ(1452-1519)

    ルーブル美術館のドゥノン翼 2階に展示

     

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